海外進出には英語で歌うべき?The O2とBad Bunnyから考える、日本語の音楽の可能性

こんにちは。日本人アーティストの海外公演やワールドツアーを、
企画・制作・現地運営の面からサポートしているTripleguns(トリプルガンズ)です。

「海外で活動するなら、英語で歌ったほうがいいのでしょうか?」

日本のアーティストやマネジメントから、たびたび聞かれる問いです。

日本語のままでは歌詞の意味が伝わらない。
英語圏でライブをするなら、英語版を用意したほうがよい。そう考えるのは自然なことです。

しかし、現在の世界の音楽市場を見ると、
「まず英語で歌えるようにならなければ、海外には進めない」
という前提は、少しずつ変わり始めています。

ロンドンの大型アリーナで披露される言語は増え、世界のSpotifyチャートに登場する言語も多様化しています。
スペイン語を中心に活動するBad Bunnyは、世界で最も聴かれるアーティストの一人となり、日本語の楽曲も国境を越えて再生されています。

では、日本のアーティストは海外に向けて、何を変え、何を残すべきなのでしょうか。
この記事では、日本語の音楽が海外へ届く可能性と、ライブ制作で準備できることを考えます。

2026年10月、ロンドンの大型アリーナ「The O2」で披露される音楽の言語が、
過去8年間で大きく増加していることが報じられました。

約2万人を収容するThe O2では、2026年の年間プログラムを通じて18言語がステージ上で使われています。
これは2018年の3倍であり、2024年と比べても約30%増えています。

スペイン語、カタルーニャ語、フランス語、韓国語、日本語のほか、ヨルバ語、リンガラ語、ヒンディー語、パンジャーブ語、ベンガル語、タミル語など、幅広い言語が含まれています。IQ Magazine

ここで注意したいのは、この数字が示しているのは「The O2で披露された言語の種類」だということです。

非英語圏アーティストの公演数や、非英語楽曲のチケット売上が3倍になったという意味ではありません。

それでも、世界有数のアリーナの年間プログラムが、英語だけでは構成されなくなっていることは重要です。

少なくとも、現在のロンドンのライブ市場では、使用言語が英語ではないことだけを理由に、
大型公演の可能性が閉ざされるわけではないと言えるでしょう。


では、The O2でスペイン語、韓国語、日本語などの音楽を聴いているのは、どのような人たちなのでしょうか。

今回公表されたデータには、来場者の母語、国籍、居住地などの内訳は含まれていません。

同じ言語や文化的背景を持つロンドン在住者もいれば、そのアーティストを別の国で知ったファン、英国のほかの都市や国外から来場した人、歌詞を完全には理解せずに音楽を楽しんでいる英語話者もいると考えられます。

つまり、

  • ロンドンで開催された公演である
  • 英国に住んでいる人が来場している
  • 英語を母語とする人が聴いている

という三つは、同じ意味ではありません。

一方で、英国にも、理解できない言語の音楽を日常的に楽しむ人がいることは、別の調査から見えてきます。

O2が英国の音楽ファンを対象に行った2026年の調査では、40%が「完全には理解できない言語の曲をストリーミングで聴いている」と回答しました。また、28%は過去1年間に新しく非英語圏のアーティストを発見したと答えています。Virgin Media O2

The O2の観客調査ではないため、二つの数字を直接結びつけることはできません。

それでも、「歌詞を完全に理解できなければ、音楽を好きになれない」というわけではないことは分かります。

海外公演を計画する際には、「英語圏だから英語の楽曲が必要」と決めつけるよりも、
その都市に、どのような経路でアーティストを知ったファンがいるのかを確認することが重要です。


非英語圏のアーティストが世界へ進出する際、英語で作品を作ることは、長い間、重要な選択肢の一つでした。

代表的な例が、コロンビア出身のShakiraです。

Shakiraはスペイン語圏での成功を経て、2001年に主に英語で制作したアルバム『Laundry Service』を発表しました。

本人は英語で作詞するために言語を学び、このアルバムをきっかけに世界的なポップスターとしての地位を確立しました。『Laundry Service』は世界で1,800万枚を売り上げています。Legacy Recordings

当時、より大きな英語圏市場へ進むために、英語作品を制作することは非常に合理的な戦略でした。

もちろん、現在でも英語で歌うことは、作品の可能性を広げる有効な選択肢です。

しかし今は、それだけが世界へ進む道ではありません。

Puerto Rico出身のBad Bunnyは、スペイン語の楽曲を中心に活動しながら、2025年にSpotifyで世界最多再生アーティストとなりました。年間再生数は198億回で、世界1位となったのは2020年、2021年、2022年に続く4回目です。Spotify Newsroom

2026年4月時点では、Spotify史上最も再生されたアーティストの第2位。アルバム『Un Verano Sin Ti』は、Spotify史上最も再生されたアルバムとなっています。Spotify Newsroom

さらに、2026年2月のSuper Bowl Halftime Showでは、Bad Bunnyがスペイン語の楽曲を中心としたパフォーマンスを披露しました。

Lady Gagaによる英語曲「Die With A Smile」のゲストパートもあったため、ショー全体が完全にスペイン語だけだったわけではありません。それでも、Bad Bunny自身が英語のヒット曲へ置き換えることなく、Puerto Ricoの文化とスペイン語の楽曲を中心に、米国最大級のテレビイベントの主役を務めたことは象徴的です。Reuters

これは「母語で歌えば、誰でも世界で成功できる」という意味ではありません。

しかし、世界で成功するためには、まず英語のアーティストにならなければならないという道筋が、唯一のものではなくなったことを示しています。


Spotifyによると、世界のラテン音楽リスナーは、2014年から2023年までに986%増加しました。

増加前を100とすると、2023年は1,086。およそ10.9倍です。

また、2013年にはSpotifyの世界Top 100にラテン音楽が入っていませんでしたが、2023年には世界Top 100の5曲に1曲以上をラテン音楽が占めるまでになりました。Spotify Newsroom

なお、「ラテン音楽」はジャンルや地域文化を表す分類であり、スペイン語だけを集計した数字ではありません。また、Spotify自体の利用者拡大や、中南米市場でのサービス普及も成長の一部に含まれます。

それでも、非英語圏の音楽が、一部の海外ファンに聴かれる「輸入音楽」ではなく、世界のメインチャートを構成する存在になったことは確かです。

Spotifyの2025年データでは、世界チャート「Global Top 50」に入った楽曲の言語は16言語。2020年の2倍以上となりました。Spotify Newsroom

Spotify全体について、「英語1位、スペイン語2位、日本語何位」という最新の言語別再生ランキングは公開されていませんが、言語別順位がなくても、

  • 世界上位チャートに登場する言語が増えた
  • ラテン音楽のリスナーが大幅に増加した
  • スペイン語を中心とするアーティストが世界最多再生を獲得した

という複数のデータから、世界のリスナーが聴く音楽の範囲が広がっていることは確認できます。


では、日本の音楽はどうでしょうか。

Spotify Japanによると、日本国内の楽曲の海外聴取は、2022年から2023年にかけて30%増加しました。これは同期間のSpotify利用者全体の増加率を上回る伸びです。Spotify Newsroom

さらに、2024年に国内アーティストがSpotify上で生み出したロイヤリティは250億円以上となり、前年比25%増、2021年と比べて2倍以上に成長しました。

そのうち、約50%は海外のリスナーによるものでした。Spotify Newsroom

日本語との関係を見ると、さらに興味深い数字があります。

  • 日本語でパフォーマンスする国内アーティストのロイヤリティは、前年比18%増
  • 2020年との比較では2倍以上
  • 国内アーティストが生み出したロイヤリティの約75%は、日本語の楽曲によるもの

という結果です。Spotify Newsroom

これらの数字は、「日本語楽曲の海外収益が4年間で2倍になった」という意味ではありません。

日本国内での再生も含まれており、Spotifyが公表するロイヤリティは、レーベル、ディストリビューター、音楽出版社などの権利者に支払われる金額です。アーティスト個人の手取り収入でもありません。

それでも、

日本の音楽の海外聴取が増えている
国内アーティストの収益のおよそ半分が海外から生まれている
日本語で活動するアーティストの収益規模も拡大している

という三つの動きは確認できます。

日本語を英語に置き換えなければ、海外でまったく聴かれないという状況では、すでにありません。


海外公演の客席で、日本語の歌詞を一緒に歌うファンを見ることがあります。

歌詞の意味をすべて理解している人もいれば、発音を覚えて歌っている人、
アニメやゲームをきっかけに曲を知った人もいるでしょう。

ここで考えたいのは、音楽を好きになる順番です。

必ずしも、

言葉の意味を理解する
だから曲を好きになる

という順番だけではありません。

声やメロディー、リズムに惹かれる
何度も聴く
歌詞やアーティストの背景を調べる
発音を覚える
ライブで一緒に歌いたくなる

という順番もあります。

O2の調査でも、25%の音楽ファンが、非英語の音楽をきっかけに新しい言語を学ぶことを検討したと回答しています。Virgin Media O2

「意味が分かるから歌う」だけでなく、**「好きになったから、その言葉に近づいていく」**こともあるのです。

日本人が英語の歌詞をすべて理解していなくても、好きな曲を覚えて歌うことを考えると、特別に不思議な現象ではありません。

ファンにとって日本語は、単なる障壁ではなく、声の響き、リズム、作品世界を構成する一部になっている場合があります。

日本語の楽曲をそのまま演奏する場合でも、観客が参加しやすくなる工夫はできます。

2025年6月にロンドンのOVO Arena Wembleyで開催されたYOASOBIの公演では、
「HEART BEAT」の演奏時に、スクリーンへローマ字の歌詞が表示されました。

日本語の歌詞を英訳するのではなく、観客が日本語の発音を追いながら歌えるようにする試みです。Electric Bloom Webzine

一方、同公演の現地レビューでは、その場ですぐ大きな合唱になったわけではなかったとも記されています。

ここも重要なポイントです。

ローマ字字幕を表示すれば、自動的に観客が歌ってくれるわけではありません。

ただし、カラオケにも日本人アーティストのライブや演出にも慣れている東南アジアでは、
同じ演出で大合唱が起きているのを私たちは現場で見ていました。

イギリス・ヨーロッパでも日本人アーティストの公演が増えてきた今、
ローマ字字幕&合唱参加に慣れてきているファンもいるかもしれません。

海外公演で検討できる参加の仕掛け

方法観客にとっての入口制作時に確認したいこと
ローマ字歌詞をLEDに表示する日本語の発音を追いながら歌える文字サイズ、改行、表示タイミング、客席後方からの視認性
短いコール&レスポンスを作る長い文章を理解しなくても声を出せる覚えやすい言葉、繰り返す回数、バンドと映像・照明のキュー
手拍子や簡単な動きを共有する言語を使わず参加できるアーティストの説明、カメラ映像、照明、客席の安全
曲の背景を短く伝える歌詞の意味や感情を知ってから聴ける英語または現地語のMC、字幕、通訳、文章量
ファンをステージへ招く観客が公演の一部になる本人確認、同意、年齢、導線、警備、保険、ステージ上の安全
照明やスマートフォンの光で参加してもらう歌詞を知らなくても会場全体で参加できる照明演出との連携、案内方法、撮影や視界への影響

大切なのは、アーティストの英語力だけに、観客とのコミュニケーションを背負わせないことです。

歌詞表示、映像、照明、短い掛け声、身振り、曲順など、制作チーム側で準備できるコミュニケーションがあります。

「言葉の壁を気合で越える」のではなく、観客が参加しやすい公演を設計する。

それも、海外ライブ制作の仕事です。


ここまで、日本語のまま海外へ届ける可能性について考えてきました。

ただし、「日本語で歌ってもよい」ということと、「海外向けの言語対応をしなくてもよい」ということは、まったく別です。

歌詞は日本語のままでも、次の情報は英語や現地語で準備できます。

  • アーティストプロフィール
  • 楽曲や作品の背景
  • 公演情報とチケット購入方法
  • 会場へのアクセスや入場条件
  • SNS投稿や広告クリエイティブ
  • メディアやプロモーター向け資料
  • ステージ上の短いMC
  • LEDスクリーンの字幕
  • グッズ売り場や会場内の案内

歌う言語は、アーティストの表現に関する選択です。

一方で、作品を発見し、理解し、チケットを購入し、会場へ来てもらうまでの言語は、マーケティングとプロダクションの設計です。

作品そのものを変える前に、作品へたどり着くまでの道を整える。

そこには、アーティストだけでなく、マネジメント、レーベル、プロモーター、制作会社が一緒に取り組めることがあります。


日本語の楽曲が海外で再生されているからといって、すぐにその都市でライブを開催できるとは限りません。

ストリーミングで曲を聴くことと、決められた日時に会場へ足を運び、チケットを購入することは、異なる行動です。

海外公演を検討する際には、言語だけでなく、次の条件を見る必要があります。

  • どの国・都市にリスナーがいるのか
  • 一時的なバイラルヒットか、継続的なファンがいるのか
  • メーリングリストやSNSで、現地のファンへ直接情報を届けられるか
  • 過去のチケット販売実績やイベント出演実績があるか
  • 現地プロモーターに販売力があるか
  • 会場規模とチケット価格が需要に合っているか
  • 渡航費、制作費、機材費を含めて継続可能か
  • その公演を、次の活動へどうつなげるのか

The O2で披露される言語が増えていることは、非常に前向きな変化です。

まさしく今週米津玄師が、ワールドツアー「KENSHI YONEZU 2026-2027 WORLD TOUR / GHOST」の一環として、2027年2月24日(水)にロンドンの「The O2 Arena」で公演することを発表し、在英邦人を湧かせましたね。


英語は今も、世界の多くの地域で音楽やビジネスをつなぐ重要な言語です。

英語版を制作することが、新しいリスナーとの出会いや、アーティストの表現を広げる場合もあります。

一方で、母語で歌うことそのものが、アーティストの個性や文化的背景、ファンが好きになった理由になっていることもあります。

現在は、

母国で成功する
英語で作品を作る
英語圏で成功する
世界へ広がる

という一つのルートだけではなく、

母語で作品を発表する
ストリーミングや映像を通じて国境を越える
各都市のファンを見つける
母語のままライブを届ける

というルートも見えるようになりました。

日本語のまま届けることと、伝える準備をしないことは違います。

歌詞を変える前に、観客が作品を知り、理解し、参加できる入口を作る。

そして、再生数を一度きりの話題で終わらせず、チケット購入、ライブ体験、次の公演へつなげていく。

歌う言語は、アーティストの表現。
その作品が海外で届き、活動を続けられる条件を整えることは、チームで取り組む仕事です。

Triplegunsは、海外公演の企画、現地プロモーターや会場との調整、テクニカルプロダクション、機材・スタッフ手配、ツアーの進行管理、現地運営まで、日本のアーティストの海外活動を実務面からサポートしています。

海外のリスナー情報を、実際の公演計画へどうつなげるか。日本語の楽曲を生かしながら、どのようなライブ体験を作るか。

企画段階からご相談ください。