本物のRiderを制作会社目線で読んでみる

海外公演が決まると、だいたい制作チームのところには、一通のPDFが送られてきます。
数ページのものもあれば、ときには数十ページ。開いてみると、
FOH、Monitor、Stage Plot、Input List、Backline、Rigging、Power、Local Crew……。
知らない人が初めて見ると、ほとんど暗号です。
これが、海外ライブ制作では欠かすことのできない「Rider(ライダー)」
「Technical Rider(テクニカルライダー)」と呼ばれるものです。
一見すると「アーティストが欲しい機材を書いたリスト」に見えます。
でも、実際に海外ツアーの制作をしていると、
Technical Rider(テクニカルライダー)はもっと面白い資料だと分かってきます。
そこには、そのアーティストが、どうやって自分たちのライブを作っているのか。
そして、何十本、何百本とライブを重ねる中で蓄積してきたProductionの経験が詰まっています。
今回は、Web上で公開されているDJ、Rock Band、Jazz Orchestra、World Musicなどの
実際に使われているRiderを見ながら、「制作会社はTechnical Riderのどこを見ているのか?」
プロダクションマネージャーはどんなことをしているのか?
できるだけ分かりやすく紹介してみます。
※この記事で紹介するRiderは、各アーティスト・関係団体などから公開されている現行または過去の資料を参考にしています。現在の公演条件とは異なる場合があります。
またこの先は、業界用語が飛び交うため、海外のコンサート・ライブ業界の解説ブログを
先に読むことをお勧めします
前提:Technical Rider(テクニカルライダー)とは?
テクニカルライダーは、アーティスト側がPromoter、Venue、Local Productionなどに対して、「このライブを成立させるために、こういう環境が必要です」と伝える資料です。
内容はアーティストによって大きく違いますが、
Stage
Audio / PA
FOH
Monitor / IEM
Backline
Lighting
Video / LED
Rigging
Power
Local Crew
Communication
などが書かれています。
小規模なDJなら数ページ。
バンドになるとステージプロットやインプットリストが加わり、大型ツアーrになるとVideo、Camera、Laser、SFX、Rigging、Crew、Production Scheduleまで含む数十ページの大作になることもあります。
規模が大きくなるほど、Technical Riderは単なる「機材リスト」ではなく、
その公演を別の国、会場でも再現するための設計図に近づいていきます。
Riderに書いてあるものは全部用意するの?
ここがTechnical Riderを初めて読むとき、一番誤解しやすいところです。
答えは、必ずしもそうではありません。
もちろん絶対に必要なものもあります。
一方で、
MUST: 必須 / 義務(〜しなければならない)
PREFERRED: 推奨 / 優先(〜が望ましい)
ACCEPTABLE: 許容可能 / 容認できる(〜でも差し支えない)
SUBJECT TO APPROVAL: 承認を条件とする / 要承認
など、Requirement(要求)には強弱があります。
例えば、音響卓の希望に「DiGiCo Quantum 338 Preferred」と書いてあったとします。
VenueにQ338がなく、別のConsoleしかない。
だからといって即座に、「Q338をRentalしないと公演できない!」とは限りません。
まずアーティスト側のFOH Engineerに、
第一希望の卓がないのですが、この機材で代替可能ですか?と確認します。
逆にアーティストが、
「This console is required because our show file only works on this system.」
(特定のコンソール(音響卓)でしかショーファイルが動かないため、必ず準備して)
と指定していたら、「DiGiCo Quantum 338」を現地側は死ぬ気で探します。
Technical Riderを読む仕事は、
書いてある機材を買い物リストのように発注することではないのです。
Technical Riderを受け取ったら、Advance(事前確認)スタート!

制作側は、アーティストライダーを会場のスペック(べニュースペック)と照らし合わせて、
テクニカルライダーを確認します。
会場側は必ずべニュースペックと呼ばれる「自分たちの機材と設備まとめ PDF」を持っているので、
ここからプロダクションマネージャーが、
アーティストの持ち込み機材とべニュースペックがどれくらいマッチしていて、
どれくらい追加機材が必要かるかなどを確認していきます。
流れを簡単にすると、
ARTIST RIDER(アーティストライダー)
↓
VENUE TECHNICAL SPECIFICATION(べニュースペック)
↓
CROSS-CHECK(双方の資料を照合)
↓
会場に希望機材ある?
↓
ある → 会場備え付きの先方希望機材を使用
ない → レンタルを検討
違う → 別の機材で問題ないか提案
物理的に無理 → SHOW DESIGNを調整
↓
これを繰り返して、ADVANCE(事前調整/確認)を完了!
↓
そしてSHOW(本番)DAYを迎えるという形となります。
これが海外ライブ制作のかなり大きな部分です。
Artistが理想とするShowと、Venueの現実。
その間を埋めていく作業がアドバンスと呼ばれる作業で、
この作業がプロダクションマネージャーの主幹業務です。

Technical Rider(テクニカルライダー)を受け取っただけでは、ライブ制作の準備は終わりません。
全て同じ機材、同じ環境でツアーを回ることはできないため、
プロダクションマネージャーが必ずアドバンスを行い下記を決定します。
Riderは、バンドの「血と涙の結晶」
テクニカルライダーを初めて読むと、「なんでこんなに細かいの?」と思うことがあります。
でも、いくつかのライダーを読み比べていくと、見方が変わってきます。
そこに書かれている細かな条件の多くは、
バンドメンバーとツアースタッフが何十本、何百本と公演を重ねてきた経験と改善の賜物です。
・機材が足りなかった。
・違うConsoleが来た。
・Stageで音が聞こえなかった。
・搬入に想定以上の時間がかかった。
・バンドメンバーの顔に照明がうまく当たっていなかった。
世界各地で起きた、そうした成功と失敗が少しずつ積み重なり、
「次からはここをRiderに書いておこう」となっていく。
テクニカルライダー(Technical Rider)は、各バンド達が築いてきた血と涙の結晶だと思っています。
実際、アーティストはRiderで何を要求している?
公開されているRiderを見ると、ジャンルによって考え方が全然違います。
▶DJ|CDJが4台あればいいわけではない

Electronic Artist「no_ip」の公開Technical Riderでは、
CDJ-3000またはCDJ-2000NXS2を4台、Pioneer DJM-V10、Booth Monitorなどを要求しています。
https://dskonnect.com/doc/technicalrider-no-ip.pdf
面白いのは、CDJについてただ「4台」と書いてあるだけではなく、
4台がLINKされた状態であることまで指定していることです。
さらにBooth MonitorはArtistの左右、肩の高さ以上。
低域が不足する場合にはBooth Subwooferを追加するよう求めています。
つまり、「CDJあります」では足りない。
どういう状態で使える必要があるのかまでRiderに書かれています。
▶Rock Band|高い機材なら代わりになる、とは限らない
Little River Bandは、2026年のProduction Rider、Fly Date Rider、Stage Plot、Input List、Hospitality Riderなどを公式サイトで公開しています。


Fly Date Riderを見ると、Fender Stratocasterは「必ずアメリカで生産されたもの」指定。
5-string Jazz BassもAmerican-made(アメリカで生産されたもの)。
一方でGuitar AmpやBass Ampはステージでは使用しないようです。
「ロックバンドだからMarshallとAmpegを手配しておこう」
と勝手に判断したら、余計なことをしているわけです。
さらにバスツアー用のライダーと飛行機移動前提のライダーが準備されており、
それぞれアーティストが持参する機材と現地で調達する機材が変わっています
同じバンドでも、移動方法が変われば、Riderの内容が変わります。
バンド側もどうすればスムーズに海外ツアーを回れるのか常に考えていることがわかるライダーです。
▶Jazz Orchestra|本人が一番演奏しやすい方法が残っている
Chick Corea with Trondheim Jazz Orchestraの公開Riderでは、
Chick Corea本人へMonitor Consoleから8 stemsを送り、
Stage上のMixerで本人が2台のWedgeをSubmixするという構成になっています。

さらに11台の譜面台+ライト、Double Bass Amp、Brass / Woodwinds用のライザーが必要。
Drum HeadはすべてRemo Ambassador Coated指定。
Grand Pianoについては、「Chick CoreaのAdditional Riderを参照」とされています。

一見かなり細かいですが”本人たちが毎晩同じクオリティでパフォーマンスを出すためにたどり着いた方法”
と考えると見え方が変わります。
▶World Music|民族楽器なのにProductionはかなり最新
Warsaw Village Band & BASSalykiの2026年Riderも面白いです。

Violin、Hurdy Gurdy、Dulcimerなど伝統的な楽器が並ぶ一方で、
FOH ConsoleはBehringer Wing固定。
しかも、「PresetをUSBで持っているので、このMixerでしか演奏できない」と明記されています。
さらにWireless IEM、Stage全体をカバーするRouter、Musician自身がMonitor Mixを調整するApp、Prophet Rev2、Roland Pad、Clickまで登場します。
そして、「iPadなどでのFOH Mixingは受け付けません 😉」という一文まであります。
音楽のジャンルが伝統的だからといって、ライブ機材までアナログでシンプルとは限りません。

Technical Riderを読むと、そのArtistがライブでどう自分たちの音を再現しているのか、どのようなライブを望んでいるのか?まで見えてきます。
だから、Riderはちゃんと読もう
制作側で一番危ないのは、「いつもの感じで大丈夫でしょう」です。
「同じPioneerだから大丈夫」
「もっと高いConsoleだから大丈夫」
「Bass Ampなら何でも同じ」
「会場に照明があるから大丈夫」
Riderを流し読みすると、そのアーティスト達が何年もかけて積み上げてきた理由を飛ばしてしまいます。
できないのであれば確認する。
違う機材なら代替案を出す。
Artist側の承認を取る。
なぜこのRequirementがあるのかを読む。
Technical RiderはTouring Teamの、少し大げさに言えば、
血と涙の結晶です。
それくらいの気持ちで読むのが、Production側としてはちょうどいいと思います。
「ホスピタリティ・ライダー」も面白い
アーティストの要望書であるライダー(Rider)にはもう一つ、
一般の人にも有名な世界があります。
それがHospitality Rider(ホスピタリティ・ライダー)**です。
楽屋、食事、飲み物、シャワー、移動手配、警備、スタッフ用の食事や仕事環境など、
本番以外の環境についてまとめた資料です。
ネットニュースでは、「海外スターのわがまますぎる要求」
として紹介されがちですが、プロダクション側から見ると少し違います。
ここにも各チームのナレッジが詰まっています。
Beyoncé|「他社のコーラを置かないで」
2004年に公開されたBeyoncéのSuper Bowl関連Riderでは、VIP Dressing Roomを78°F(約26℃)に保つことや、到着前に消毒されたPrivate Bathroomを用意することなどが指定されていました。

https://thesmokinggun.com/documents/crime/beyonce-breasts-and-super-bowl
さらにPepsiとの契約があったため、BeyonceやEntourageが写真に写る可能性のある場所には競合ブランドの商品を置かない、という条件もありました。
これ、一見すると「飲み物の好み」に見えます。
でも実際には、スポンサー × アーティストのブランドマネジメントの話です。
楽屋の冷蔵庫ひとつでも、スポンサー契約と無関係ではありません。
Ozzy Osbourne|Hospitalityが体調管理になる
過去に報じられたOzzy OsbourneのRiderでは、Venueに耳鼻咽喉科医を用意し、必要に応じてB12や抗炎症剤の処置が可能であること、さらに搬入時から酸素を準備するという要求が紹介されていました。

Black Sabbathの2001年Ozzfest Riderでは、Ozzy用にビスケット、ティーバッグ、ニューヨークスタイルのベーグルなどが、別の楽屋エリアに用意されていました。
ロックスターというとシャンパンや豪華な食事を想像しがちですが、
「本番に向けてArtistのコンディションを維持すること」が非常に重要だとわかります。
Foo Fighters|52ページのRiderに「食事の塗り絵」
Foo Fightersの2011年Tour Riderは、なんと52ページ。




しかもその中には「Field Guide to Food: Coloring Book and Activity Pages」
という、ほとんど塗り絵付きの食事ガイドのような章があります。
Tour ManagerのGus Brandtがつくったページとのことですが、
The Smoking Gunも「これまでで最も愉快なRiderのひとつ」として紹介しています。
内容もかなり自由です。
Dave Grohlがナイフとフォークを持っているイラストから始まり、
Nate Mendelが「良い朝食とは何か」を語り、
Taylor Hawkinsが良いサラダと悪いサラダの違いを解説。
Chris Shiflettは「ちゃんとしたCateringへたどり着く迷路」に登場し、
Pat Smearは“汗をかいた肉”はNGと教えてくれます。
さらに、サラダに入るものを選ぶクイズ、Word Search、
そして最後には良い氷と悪い氷について延々と語るページまであります。
さらに「チューバッカが『スター・ウォーズ』の最後でメダルをもらえなかったのはおかしい」といった、
ライブ制作とはまったく関係のない小ネタまで入っています。
合計52ページのRiderですが、もはや業務的な資料というより
Foo Fightersのバンドの人格そのものがPDFになったような感じです。
デイブ・グロールは当時、このRiderについて、「一番大事なのはバンドよりもツアーのクルー」
「スタッフをきちんと食べさせること」だと説明していました。
ツアースタッフは朝7時ごろ会場に入り、深夜2時ごろまで働くこともある。
だからこのケータリングライダーrは、バンド本人たちよりもCrewのためにある、と。
つまり、「ちゃんと食べて、長い一日を乗り切って、良いShowを作ろう」
というかなり真面目な目的を、Foo Fightersらしい冗談で包んでいます。
なんて大きな愛なんでしょう!
日本のRiderやProduction資料は、どうしても正確さと効率を重視した実務的な書き方になりがちですが、
Foo FightersのRiderは、
必要なことはきちんと伝える。でも、読む人も少し楽しませる。
という発想がかなりユニークです。
私なら正直、このRiderを先に読んだら、演奏を聴く前から
「このバンド、なんか好きだな」と思ってしまいます。
Van Halen|「茶色のM&M’s禁止」
Hospitality Rider史上もっとも有名なのが、おそらくVan Halen。
1980年代のRiderには、
「M&M’sを用意。ただし茶色は入れないこと」という条項が実際に存在しました。
1980年代当時、ヴァン・ヘイレンのライブは重量のある巨大な照明や音響機材、特殊なステージ床面を使用しており、会場の耐荷重や電源・電圧の仕様を厳守しないと、大規模な事故につながる危険がありました。
楽屋で茶色のM&M’sを見つけた場合、デイヴィッド・リー・ロスらは「プロモーターやべニューが契約書をきちんと読んでいない」と判断し、ステージの耐荷重や配線などの重要な安全管理も怠っている恐れがあるとして、機材の全面的な再点検を行っていたとのこと。
茶色のM&M’sが残っていたら、「ほかのTechnical Requirementも読んでいないかもしれない」という警報になる。
この伝説がRiderの象徴として残っているのは面白いところです。

Technical RiderでもHospitality Riderでも、
「そこまで指定する必要ある?」と思う項目はあります。
でも、その一文の後ろには、
過去の失敗。アーティストとクルーの健康管理。Show File。
スポンサー契約。Artistの演奏方法。Venueで起きたトラブル。
こちらには見えていない理由が隠れていることがあります。
Technical Riderは「案件のスタート」
Technical Riderは、ArtistからVenueへの絶対命令書ではありません。
もちろん契約上守らなければならない条件もあります。
でも実際の海外ライブ制作(プロダクション業務)では、
Artistが欲しいものと、そのVenueで実際にできること
を照らし合わせながらShowを作っていきます。
海外ライブ制作では、アーティストがステージに立つずっと前から、ライブはすでに始まっています。
その最初の設計図のひとつが、Technical Rider(テクニカルライダー)なのです。
今回は、海外ライブ制作で欠かせないTechnical Rider(テクニカルライダー)の解説を
実際に活躍しているDJ、ロック、ジャズ、ワールドミュージックの公開Riderを例に、
Venue Specとの照合、Advance、Hospitality Riderまで制作会社目線でわかりやすく解説してみました!
また次回!

Triplegunsでは、ロンドン・シンガポール・東京を拠点に、
日本人アーティストの海外ライブ・ツアーにおけるTechnical Advance、Venue Coordination、Local Supplier Management、Production Managementなどを行っています。